は じ め に
 『健康』のための運動とはいっても、漠然とした『健康』というだけでは、必ずしも長期にわたって継続することは容易ではありません。「やせるため」とか「キレイに泳げるように」とか「腰痛の予防」といったハッキリとした目的も必要でしょう。そんな目的に適うように、各章毎にテーマ設定をしています。


第3章 ストローク技術
●バタフライ 腰の位置とプルの軌跡
 プルの軌跡は上級者では“キーホール”型ですが初心者は“八の字”です。キーホール型になる上級者では臍に向けてかきこんできたとき(インスカル)に左右の手が限りなく近づきます[写真(1)]。初心者では左右の手を近付けることができません[写真(2)]。「力が無い」と言ってしまえばそれまでですが、本質的な原因は臍に向けてかきこもうとするときの腰の位置にあります。初心者は例外無く腰が落ち込んでいますから、左右の手先を近付けようとしても無理です。上級者は腰が高い位置(水面直下)にありますから、左右の手先を容易に近付けることができます。腰の位置は目線とも大きくかかわっています。

 腕の入水時に上がった腰が、上げた反動で下がってしまうと“八の字”型のプル軌跡です。反動で下がってしまうということは、腰(尻)の上げ方に問題があります。背骨全体を波動的に動かした結果としての尻の動きだとよいのですが、どうしても背骨の動きがなく尻だけが上下動してしまいます。これだと、上げた反動で必要以上に瞬間的に尻が下がります。結果、“八の字”型です。上げた尻をその状態で保ち続けると“キーホール”型を描けるようになります。そのためには、腰だけでなく背骨全体の波動的動きを意識すること。尻を上げることでなく、お腹を凹ますことです。
 お腹を凹ますことによって背骨全体での波動的な動きが可能になり、尻(腰)を長く高い状態で保てるようになります。腰を高い状態で保てるようになると“八の字”型でない“キーホール”型のプルの軌跡が可能になります[写真(1)]。

●バタフライ 上級者と初心者
 バタフライほど初心者と上級者とで泳ぎ方が異なってしまう泳法はありません。上級者のテンポ(1分間のプルの回数)は、概ね50〜60ですが、初心者では20〜30ほどです。

 緊張性頚反射の影響とバタフライという種目の特殊性です。他の種目以上に腕(プル)にかかる負担が大きいために、鍛錬された泳者でないと難しいという側面があります。しかし、少しでもタイムを縮めたいと考えるマスターズスイマーにあっては、まずテンポにおいて改善を図ることが必要になってきます。テンポをあげて泳ぐことは、バタフライの自己ベストタイム短縮を図る上では非常に大きな意味を持ちます。まず、「陸の上の水練」で腕を速くまわす練習をしてみましょう。目標は、1分間に60回(1秒に1回)。

 また、1ストロークに2回のキックを打つのであれば、キック自体を速く動かす練習も必要です。プルが1秒に1回のテンポを目標にしていますから、キックは、1秒に2回を目標とします。

 プルは比較的速く回すことができるのですが、キックを速く動かすことができないということがあります。そのような場合には、キックを2回打つことの大切さとプルを速く回すことの大切さを糧にかけていずれが、自分にとって望ましいかを見極め、場合によっては1ストロークにキック1回のバタフライを指向することもあり得ることです。

 加齢とともに動作のスピードが遅くなり、素速い動きが苦手になります。逆にいえば、常に素速い動きを心がけることが、老化の進行をある意味で下支えすることにもつながります。そんな意味からもバタフライのテンポを考えてみることも必要でしょう。

●バタフライ 緊張性頚反射
 「頭部を後屈させると膝が曲がり、前屈させると膝が伸びる」緊張性頚反射がバタフライにも大きく関わっています。バタフライの第一キック(けり下ろし)は、呼吸後の顔の戻しが腕の入水に合わせて行われますから緊張性頚反射に合致しています。しかし、第二キックは、呼吸のための顔上げと同時ですから、緊張性頚反射を抑制しなければなりません。選手であっても、第一キックや無呼吸時の第二キックは打てるが、呼吸時の第二キックや疲れたときの第二キックを打てない例が多く見られます。

 このように緊張性頚反射の抑制が容易でないので、初心者では第二キックと顔上げのタイミングをずらすことで対応しがちです。腕を入水後前方で必要以上ににグライドし、第二キックを先に打ってから呼吸する方法です。腕の入水に併せて1回、プルのかき始めにあわせて1回。ですから上級者のキック「トントントントントントン」と比べて、「トント〜ントント〜ントント〜ン」とブロークンテンポになります。
 いわゆる“ドジョウすくいバタフライ”です。この方法だと腕の前方でのグライド時間が長いのでピッチは上がらず、尻の下がった姿勢が長くなります。よって上級者のストロークテンポ60に対して20とか30になります。

 しかし、ドジョウすくいのバタフライで一流選手として活躍した例もありますから、あながち間違いとも言えません。また、選手ではない成人の方々では、このような泳法の方が習得は比較的容易です。何れを指向するかはそれぞれの個性や目的によって決めてよいのではないでしょうか。

●バタフライ 肩の柔軟性
「肩が柔らかい」とか「硬い」とか言います。実際、バタフライは肩が柔らかくないと泳ぎ難いのも事実です。しかし、果たして本当に個人個人によって肩の関節が硬くなったり柔らかくなったりすることがあるのでしょうか?
 肩関節は股関節と同じような球窩関節で、上腕骨と肩甲骨とのジョイント部です。しかし、球窩関節とはいっても凹部と凸部とでしっかりとはまり込んでいるわけではありませんから、ジョイント部は2〜5cmほども離すことができます。肩関節は、前方(前方挙上)に60度、側方(外転)に90度の可動域があります。肩関節の動きと肩甲骨の動きとが協働して肩周辺の大きな動きを可能にしています。肩が硬いとか柔らかいというのは、多分に肩甲骨の可動域に拠るところが大きいといえます。

 肩甲骨[写真?]は、肩鎖関節で鎖骨と、肩関節で上腕骨につながっているだけで胸骨の背面にぶら下がっているような状態です。ですから、極めて可動範囲が広くできています[写真?]。ぶら下がっているような骨ですから、他の骨との関節の結合状況によって可動域が制限されるということがありません。その分、僧帽筋、上腕三頭筋、上腕ニ頭筋、菱形筋、肩甲下筋、肩甲挙筋、大円筋、小円筋、小胸筋、棘下筋、棘上筋など上半身の多くの筋肉とつながり、それらの筋肉によって安定を確保しています。
 肩の柔軟性というと“肩関節”の柔軟性のような気がしますが、実際には、肩甲骨の可動性です。肩甲骨の可動性は、それにつながる多くの上半身の筋肉の柔軟性によって規定されます。

 肩甲骨とつながる筋肉の柔軟性を増すことによって肩甲骨の可動域が増し、バタフライでいう“肩の柔らかさ”を高めることが可能です。

 また、肩こりや五十肩に代表される肩の痛みは、肩甲骨を取り巻く筋肉群の柔軟性の低下やアンバランスと無縁ではありません。

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