は じ め に
 『健康』のための運動とはいっても、漠然とした『健康』というだけでは、必ずしも長期にわたって継続することは容易ではありません。「やせるため」とか「キレイに泳げるように」とか「腰痛の予防」といったハッキリとした目的も必要でしょう。そんな目的に適うように、各章毎にテーマ設定をしています。


第1章 人間とカラダと水泳
●抗重力筋と上肢筋
  一般的に胴体回りの筋肉(腹筋/腹斜筋/背筋/広背筋/僧帽筋/菱形筋/大胸筋……)などを躯幹筋と言い、それに下肢(脚と足)の筋肉を加えて抗重力筋という言い方をします。上肢筋とは、腕や手の筋肉です。
 「クロールでは推進力の大部分はプルによる」という話を聞くと“腕”の筋肉が重要な感じを受けますし、いかに腕を鍛えようかと考えてしまいます。実際、腕の筋肉も重要なのですが、筋肉の特質として上肢の筋肉は必ずしも水泳には向いていません。何故なら、第一にその量です。幾ら太くて立派な腕を持っていても脚や躯幹の筋肉には及ぶべくもありません。筋力は筋肉の太さに比例しますから、太い筋肉を使う方が有利と言えます。第二に上肢の筋肉は比較的持久性に乏しい傾向があります。下肢や躯幹の筋肉は、「抗重力筋」というほどで、いつも重力に抗って活動しています。その役割上、非常に疲れ難く持久性に富んでいます。上肢筋はそうした役割がありませんから、持久性は高くありません。筋力と持久性を併せ持った抗重力筋の方が、上肢筋より泳ぐ上で望ましい筋肉であることがわかります。
筋肉の色……赤筋と白筋
 魚には、マグロやカツオ、サケなどのように赤身のものとヒラメ、タラ、タイ、アジのように白身のものとがあります。前者は回遊魚に多く行動範囲も広く、漁場も比較的遠洋。後者は、逆に近海魚。泳ぎも前者は悠然と泳ぐのに対して、後者は俊敏に泳ぎまわる。赤身の筋肉を持った魚は、毛細血管がくまなく行き渡り酸素を取り入れながら活動しますから、疲れにくい反面俊敏な動きは苦手。後者は、俊敏に活動出来るけれど持久力には乏しい。魚ほどの明確な違いはありませんが、人間のカラダも筋肉の部位によって赤身傾向が強かったり白身傾向だったりします。下腿三頭筋(ふくらはぎ)を構成するヒラメ筋[写真1]は赤身筋の典型としてよく挙げられます。ヒラメ筋が赤身というのも面白いのですが……。上腕二頭筋等は比較的白身と思って差し支えありません。ヒラメ筋に代表されるように抗重力筋は常に重力に抗して姿勢を保つ必要から赤身傾向が強いといえます。
 赤身や白身の割合は、カラダの部位によって違うだけでなく人種や個人によっても異なります。黒人は比較的白身が多いと言います。個人でも短距離選手は白身、長距離選手は赤身の割合が多いと言えるでしょう。

●ローリング
 クロールや背泳ぎでのカラダの左右への傾きをローリング(Roll=回転)[写真1]といいます。クロールは伏臥位(うつ伏せ)で泳ぎ、背泳ぎは仰臥位(仰向け)で泳ぐもので、呼吸などの際仕方なくカラダが横を向くものと考えられてきました。しかし、ローリングについての研究が進むに連れて「横を向いて泳ぎ、左から右へ、右から左へと移るときに瞬間的に下を向く(クロールの場合)」ものであることが分かってきています。ローリングを仕方なく起きるものとしてでなく、効率的泳ぎの為にプラスのものとしてです。
 ゴルフで“手打ち”という表現があります。腰の回転が少なかったり回転が遅れることです。野球やテニスのバッティング、柔道や相撲の投げ技などでも腰の力を使えない“手打ち”“手投げ”は良くありません。水泳とて同じです。
 ローリングは、腕の動きに連れて、腕の動きに引っ張られるように起きるものではなく、ローリングが腕の動きに先導して起きるべきものです。意識的且つ積極的にローリングを行い、それに連れて腕が動くことが理想です。
 ローリングを積極的に捉えると、牽引役となる躯幹(胴体)の使い方が大切なことが分かります。腹直筋[写真2]や内・外腹斜筋[写真3]脊柱起立筋、[写真4]などです。特に通常の生活であまり意識することの無い腹直筋や内外の腹斜筋を意識するところから始めましょう。
 一流選手は、練習やレースで「腹筋が疲れた」と言います。


●前傾姿勢・・・・・・・1
 水泳のガイド書を読むと、「流線形(ストリームライン)」と言う言葉がしきりと出てきます。流線形の大切さを説明し、「抵抗はスピードの二乗に比例して二次関数的に増加するから、スピードが2倍になると抵抗は4倍に、スピードが3倍になると抵抗は9倍に……」という文言が続きます。全くその通りです。でも、逆にみるとスピードが半分になれば抵抗は4分の一、スピードが3分の一になれば抵抗は9分の一ということでもあります[グラフ?]。スピードが遅ければ、抵抗はほとんど受けないといっても差し支えありません。尤もカラダが推進する泳速は遅くても、瞬間瞬間、あるいはカラダの部分部分では速いスピードで水に抗する場面がありますが……。
 壁をけった直後では、初心者においてもかなりのスピードです。初速では、世界記録のスピードさえ上回っています。その意味で、流線形を正しく保つことは至極当然です[写真1]。しかし、実際の泳ぎで、25mをやっと泳げたとか、秒速1mに満たないようなスピードでは、抵抗は殆ど受けません。
 プルブイやビート板を脚にはさんで浮き身の姿勢をとります[写真?]。2〜3分以上かかりますが、何もしなくても25mまで行き着きます。
 鉄板を水面に浮かべます。しばらくは浮いていますが次第に沈んでいきます。片側にちょっと錘を乗せると、そちらの方向に移動しながら斜めに沈みます。
 壁を蹴ってけのびをします。スピードが落ちるに連れて脚が沈んできます。完全に止まってしまい脚がプール底に着く瞬間、カラダは少し後戻りします。
以上の例は、重心の位置の重要性を物語っています。

●前傾姿勢・・・・・・・2
 体重300kgのお相撲さんがいます。体重計一つでは目盛が振り切れてしまうので、2台の秤に片足ずつ乗ります。まっすぐに立てばそれぞれの秤が150kgずつで合計300kg。体重を右足にかけると右足を乗せた秤の目盛が増え、左足の目盛が減る。
でも、合計は変わらず300kg。うつ伏せになって体重計に乗ります。一つの体重計は腰の下、もう一方を手の下です。[写真?]。手をおいた体重計より腰の下の体重計の目盛が多く、合計がその体重。次に、手で体重計を押すと、手をおいた体重計の目盛りが増え、腰の下の目盛りが減り、合計は変わらず。 [写真?]のように体重計の高さを変えてみると、やはり手をおいた体重計の目盛が増えます。 『二個のヘルスメーターを用い、伏した姿勢でヘルスメーターの上に乗る。一つは胸の下に、一つは腿の下になるようにする。両腕を前に出し、手が肩の高さよりも低くなるような姿勢をとり、その姿勢で前と後ろの体重計の目盛りを読む。つぎに、水をキャッチするつもりで、ちょっと手を前に引く。そうすると前の体重計の目盛りは重くなり、後ろの目盛りは軽くなることがわかる。身体の位置からいえば前の方が低くなくても、手を肩よりもかなり下げて水をキャッチすれば、力の関係から“前が重くなる”。』(宮畑虎彦著「新しいクロール」より)

・・・以前の健康講座を読む・・・
9月10月11月