は じ め に
 『健康』のための運動とはいっても、漠然とした『健康』というだけでは、必ずしも長期にわたって継続することは容易ではありません。「やせるため」とか「キレイに泳げるように」とか「腰痛の予防」といったハッキリとした目的も必要でしょう。そんな目的に適うように、各章毎にテーマ設定をしています。


第1章 人間とカラダと水泳
●けのびの姿勢と浮き身の姿勢
 壁を蹴ってけのびをすると、初速は秒速3m以上にもなる事があります。競泳の世界記録よりも速いスピードですが、すぐに抵抗を受けて減速。10mを過ぎるころにはほとんど秒速は0mになります。壁を蹴った直後とスピードが落ちてからでは抵抗の受け方が違います。抵抗はスピードの二乗に比例して増加します。スピードが速ければ速いほど抵抗を受けないような流線形を作る事が大切です。スポーツカーや特急電車は抵抗軽減のための流線形をしていますが、トラックや普通列車は必ずしも流線形ではありません。スピードが2倍になると抵抗は4倍、スピードが3倍になると抵抗は9倍、スピードが4倍になれば抵抗は16倍にもなります。逆に、スピードが落ちることによって抵抗は、二次関数的に減少します。スピードが半分になると抵抗は4分の一、スピードが4分の一になると抵抗は16分の一です。

 壁をけった直後は、前面からの形状抵抗をできるだけ減らすように流線形(けのびの姿勢)[写真1]を保ちます。しかし、その後スピードが落ちてからは、頭を少し起こし手先を下げて前傾姿勢(浮き身の姿勢)[写真2]を作ります。
泳ぎの中でも泳速が速くなるに連れて、前方に体重をかける浮き身の姿勢から抵抗を減らす流線形(けのびの姿勢)へと移行していきます。

※本書では、流線形を保つための「けのびの姿勢」、前傾姿勢を保つための「浮き身の姿勢」とし、区別しています。

●基底面
 前傾姿勢を保ち、前方に重心のかかる姿勢を保つことの重要性は分かりました。詳しくみていくと「基底面」という概念が出てきます。
水泳中の下(底)側の面のことを基底面と言います。面かぶりキックやバタフライでは腹側です。水泳中の「姿勢」という場合には基底面という意味合いが大きく含まれます。
 [写真1]と[写真2]を比べてください。1と2とを比べると胴体の基底面(下面)はさほど変わりません。しかし、手先から胴体を経て足先に至る基底面を比べると1と2では大きく異なります。基底面を比べると、?は前下がりの前傾姿勢ですが、1は前上がりです。
 腕や脚を含めて全体として基底面を前傾姿勢にしましょう。そのためには手先の深いキャッチポイントと浅いキックです。前方に伸ばした手先から上腕、脇、脇腹、けり下ろした足先までの基底面ラインを前下がりにします。

●腰部の凹みE・・・・・1
ボートの舳先にできるのと同じような波が、水泳中の頭の前にできます。更に腰の辺りにも同様の波ができます。良く観察すると、頭の前の波よりも腰の波の方が大きいことが分かります[写真1]。

 ヒトは進化の過程で二足歩行を始めたときから、重力緩衝のために背骨が彎曲するようになってきました。赤ちゃんは背骨がまっすぐです。立って歩けるようになってから徐々にまっすぐの背骨がS字型に彎曲してきます。二足歩行時の重力緩衝用の背骨の彎曲ですから、水泳中には不要です。腰の凹みは水泳中に大きな抵抗になって作用しますから、腰の凹みをいかに小さくするかを考える必要があります。

 壁に背中をつけて、腕は体側に添えまっすぐに立ってみましょう。個人差はありますが、腰の辺りに隙間ができます[写真2]。腕を少しずつ前方から挙げていきます。腰の凹みが更に大きくなり、腕を真上まで上げると隙間が最大になります[写真3]。泳ぐときに、腕を頭上に伸ばす(水泳中においては前方)とき――例えばクロールや背泳ぎの腕の入水からキャッチなど――腰の凹みは大きくなり抵抗は増します。キャッチポイントは浅過ぎずやや深めにとり、凹みが大きくならないようにします。深いキャッチポイントは、前傾姿勢をとるためにも腰の凹みを小さくするためにも効果的です。

●腰部の凹み・・・・・・・2
 クロールや平泳ぎ、バタフライなどでも腰の凹みを減らすことは大切ですが、背泳ぎでは尚のことです。クロールなど伏臥位(うつ伏せ)で泳ぐ泳法では、腰は水面下もしくは水面にあります。腰の凹みが抵抗を生んでも“波”という形で抵抗を吸収します。腰が水面近くにあるので凹みの受けた抵抗が密度の低い空中に逃げると言ってもよいでしょう。しかし、背泳ぎではできた抵抗の逃げ場がありませんから、抵抗は、すべて進行を妨げ、カラダを引き戻す力として働きます。

 ここで、“波”について考えてみましょう。波を発生させるためには何らかの力が必要です。ヒトが泳ぐときに波ができます。ヒトが水に対して腕や脚を動かすことで働きかけをするわけですが、その働きかけのための力がすべて、カラダが前方に進むために使われれば波はたちません。水に対して働きかけた力がどのように作用するか? カラダを進めるために役立つ力と波を立てるために役立つ力と。その割合が上手な泳ぎとそうでない泳ぎとで異なります。バタフライなどでこの傾向は顕著に表れます。上手な泳者だと波はほとんどたちませんが、そうでない泳者は、カラダの周りに大きな波をたてています。波は水面にしか立ちません。水中と空気中との密度の差(差圧)のためです。当然のことながら水面下深い場所では波はたちません。 

 背泳ぎは仰臥位(仰向け)で泳ぎますから、腰の凹み[写真?]で発生した抵抗は、他の種目以上に大きなブレーキです。
 いずれにしても、二足歩行から脱した水泳中では、腰の凹みを最小限にすることが非常に大切です。凹みを最小にすることは、抵抗の低減と躯幹筋を効果的に使うことにつながります。

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